ピックアップレポート vol.02
- URL
- http://www.boxfai.com/
- 住所
- 〒164-0013 東京都中野区弥生町6-10-11 弥生町ビル6F
(1Fに「洋服の青山」が入っているビル) - TEL&FAX
- 03(3384)3104
- email.info@boxfai.com
世界チャンピオンの育成よりも大事なこと
息子が運動会でビリになってしまった
元世界チャンピオンの飯田覚士さんが経営されているボクシング塾「ボックスファイ」を2回にわたって取材した。「Let's 脳トレ&ボクシング」という一風変わったサブタイトルがついているこのジムは、ボクシングの底辺拡大と子どもの健全育成を目指している。
飯田さんがこのジムを始めたきっかけが面白い。ご子息が運動会でクモのポーズで走る競技でビリになってしまったのだ。脚も速く、ボールを投げたりするのも得意な運動能力の高い子だっただけに、飯田さんはショックを受け、原因を追究したくなった。自らの子育てを振り返り、幼い頃に身体全体を使った遊びをさせる機会が少なかったことが原因で、身体の使い方が下手なのではないか?との考えに至った。自分が育った愛知県の田舎は自然が豊かで、特に意識することなく様々な遊びを通して身体を動かしていた。しかし、東京ではその環境を望むことはできない。そこで、ボクシングで培ったトレーニング方法を取り入れ、子どもが楽しめるようなオリジナルのプログラム開発し、ご子息とその友達数人を対象に小さな教室を始めた。
始めてみると、ご子息だけでなく身体の使い方に問題がある子が思いのほか多かった。問題意識が高まり、タレント活動などを減らして、「ボックスファイ」の展開に力を注いだのだそうだ。
1日目は通常のレッスン日ではなく、定期的に行われる検定日だった。A~Cまでの3階級に分かれて、普段の練習で身に付けた動作の精度をテストする。
集まってきた子どもたちは飯田さんやコーチと共にボールなどを使って楽しそうに遊んでいる。しかし、全員で始まりの挨拶をした後、コーチから「今日は検定日です!」と言われた瞬間から緊張感が漂い始めた。飯田さん曰く、意図的に緊張するような演出を心がけているそうだ。身体だけでなくメンタルの強化も「ボックスファイ」の目的だからだ。飯田さんとコーチを目の前にして、テストを行う子ども達の顔は真剣そのもの。適度な緊張は子どもを成長させる要素であることは間違いないだろう。
合格者には飯田さんから認定証を手渡され、ジムの壁面に名前が掲載される。ここでは子どもたちに序列が付くことを厭わないのだ。運動会の徒競走で順位を付けないような世界とは一線を画している。
見る力の改善が運動能力を向上させる
行われたテストの一例を紹介しよう。コーチが4枚の数字入りのカードを持っている。リズムに合わせてその内の2枚が表示され、そのカードに書かれた数字に符合したパンチ(ジャブ、ストレート、アッパー、フックの4種類)を繰り出すのだ。一見簡単そうに見えるが、数字を瞬時に動作に変換するのは意外に難しい。このテストは「ビジョン・トレーニング」の基本をボクシング風にアレンジしたものだ。
「ビジョン・トレーニング」とは入力・判断・出力という3つの要素を鍛えるトレーニング法であり、飯田さんがボクサーとして現役時代に取り入れていたもの。目で見た情報を脳に伝え、分析・判断し、即座にアウトプットするという一連の動きを鍛える。
見る能力の鍛錬は、いわゆる視力を向上させることとは異なる。通常の視力検査は5m離れた遠方視力を計っているに過ぎないが、実際の生活では様々な目の運動がある。本を読んだり字を書いたりという近方視力も良く使うし、黒板の字をノートに写す場合は遠くから近くへのピント合わせをスムーズに行う必要もある。
ビジョントレーニングを詳述すると次のようになる。
- 眼球が上下左右にしっかり動いて、どれだけ広く見ることができるか。また速く動くものをどれだけ正確に目で追って見ていけるかという眼球運動能力。
- 遠くのもの近くのものに上手くピントを合わせる、両目で目標物を見て立体的に捉えることができるかなどの焦点合わせの力。
- 目で見た物の情報を脳に伝え何であるかを分析し、判断し、行動に移す力。
- 見た物を正しく映像として脳に記憶し、その情報を整理し、様々なことに効率良く関連付けていける力。
身体能力とビジョン能力は別物だが、一緒にされて運動能力が低いというレッテルを貼られてしまう子がいる。ビジョン能力を伸ばすことで本来の運動能力を発揮する子どもがいるそうだ。
集中力が向上して勉強までできるようになってしまう?
2日目は保護者の見学日だった。「ボックスファイ」は通常レッスンでの保護者の見学を許可していない。子どもを対象にしているスポーツの現場では珍しいルールだが、もちろん理由があってのこと。子どもが親の保護下から離れて素の状態になり、のびのびと運動に没頭して欲しいという思いからだ。
この日行われたプログラムの一部を紹介しよう。
1つは「雑巾レース」。いわゆる雑巾がけなのだが、初体験の子どもが多いそうだ。馴れない子は手の付き方や姿勢などがぎこちなく、スピードを出すことができない。この運動は股関節の可動域を広げたり、柔軟性の向上につながる。また「動物歩き」も面白いメニューだ。イヌ、クモ、カニなどになりきって歩くだけの運動だが、全身運動であるとともに、四肢の協調性を向上させたり、体幹の強化に繋がる。
これらのメニューは「コーディネーション・トレーニング」と呼ばれ、「ビジョン・トレーニング」とともに「ボックスファイ」のプログラムの中核を担っている。このトレーニングは神経系の発達に良い影響を及ぼすため、身体の使い方が上手くなる。
「ボックスファイ」への保護者の評価は、運動能力の向上だけにとどまらない。「落ち着いて本が読めるようになった」「集中力がついた」「成績が上がった」など、子どもの生活習慣に良い影響を及ぼすのだそうだ。これは主に「ビジョン・トレーニング」の効果とみていいだろう。「ビジョン・トレーニング」は元々学習障害児の改善プログラムから発達し、スポーツのパフォーマンスアップにも活用されるようになったものだからだ。
取材を終えて
飯田さんのご子息はバスケットをやっている。このジムで培った先を読む力やビジョン・トレーニングによって得た空間認知能力が活きているそうだ。
飯田さんは世界チャンピオンを育てたくてこのジムを経営しているのではない。子どもたちがこのジムで身体を動かす基礎能力を身に付け、様々なスポーツに発展させて欲しいと考えているのだ。(もちろん、ボクサーとしての見込みがある子に関しては、知り合いのジムに移籍させて、さらなる高みを目指してもらっている)
子どもには無限の可能性がある。初めから特定の種目に固執せずに、「この子にはどんなスポーツが向いているだろう?」という視点をもって接するべきだ。子どもを対象にしたスポーツの現場にはこのスタンスが欠かせないと思う。(2011.6.23)