スポーツのすゝめ vol.03

生まれてきた子ども全員に体操をして欲しい 池谷幸雄体操倶楽部代表 池谷幸雄さん

プロフィール

4歳から体操を始める。清風中学校・高校で才能が開花し、1988年のソウル五輪、1992年・バルセロナ五輪において、2大会連続でメダルを獲得。現役引退後はタレントとして第2の人生を歩み、CM、バラエティ、キャスター、俳優など多彩なジャンルに挑戦。2001年に「池谷幸雄体操倶楽部」を設立。900人の子どもを指導するとともに、体操選手の育成にも注力している。2010年に初開催されたユースオリンピックにおいては、体操ジュニア男子の日本代表選手を輩出し、個人総合で金メダルを獲得させた。(社)全日本ジュニア体操クラブ連盟で理事を務めるなど、「子ども達の未来のために」をキャッチフレーズに社会貢献活動も行っている。

体操は仮面ライダーになるための訓練だと思っていた

Q1.体操を始めたきっかけを教えてください。

A1.4歳の頃親が体操教室に連れて行ってくれたのが始まりです。親は将来的に野球やゴルフ、競馬、競輪などお金を稼げるスポーツをやってもらいたかったようで、体操はあくまでもその基礎づくりという目的だったようです。母親が学生時代に体操の経験があり、柔軟性やバランス感覚などスポーツの基礎を身に付けるのに体操が適していることを体感していたのです。当の本人は、宙返りの練習などをみて、体操教室は仮面ライダーになるための訓練をする場所だと思っていました(笑)。当時仮面ライダーが大好きだった私は、頑張って強くなると仮面ライダーに成れるけど、弱いとショッカーになってしまうと思い込んでいて、仮面ライダーになりたい一心で練習に打ち込んでいました。

Q2.体操の他に何をしていましたか?

A2.小学校の低学年までは体操の他にピアノや英会話、絵の教室、水泳など色々な習い事をしていました。子どもの才能を限定せず、色々な体験の中から一番フィットするものを選ばせたいという親の方針があったようです。その頃の私は元気が有り余っていたらしく、このパワーが間違った方向に行くと目を黒く塗られてテレビにでるような人間になってしまうと、親が本気で心配する程だったようで、このパワーを消耗させるには体操に打ち込ませるのが一番だという目論見もあったと後に聞きました。そして、3年生の時に選手コースに入り、体操の練習が本格化しました。

小学5年生の時に体操で生きてゆくと決めていた

Q3.体操をやめたいと思ったことはありますか?

A3.体操が嫌いになったことは一度もありませんが、毎日の練習が嫌になったことがありました。体操が大好きでしたし、他の楽しい遊びを知る前に体操漬けになったので、疑問を持つのは遅かったのですが、5年生の時に学校の友達ともっと遊びたいという気持ちを抑えられなくなったのです。親には行っている振りをして、1週間程体操教室をサボりました。バレていないと思い込んでいましたが、毎日体操教室から親に連絡が入っていた。でも、親は私を泳がせていたんです。怒ったら反発するだろうし、逆に優しくすると調子に乗るだろうと読んだ親はニンジンをぶら下げる作戦を講じました。1カ月休まずに体操教室に行ったらお小遣いを1万円くれるというのです。お年玉でも貰ったことのない大金に目がくらんで体操漬けの生活に戻りました(笑)。あの時の親の対応が自分の性格に沿わないものだったら体操をやめていたかもしれないと思いますね。

Q4.体操を職業にしようと思い始めたのはいつ頃だったのですか?

A4.選手コースに移った3年生の時には既に、自分はオリンピックに出るんだと思い始めていましたし、5年生の頃には体操で飯を食っていくと決めていました。体操にプロはありませんが、オリンピックに出て活躍すれば、好きな体操を仕事にして生きて行けるはずだと本能的に感じていたんだと思います。
さらに気持ちが固まった出来事がありました。6年生の時に清風学園中学校への推薦入学が決まったのです。当時の清風学園は通っていた小学校から1人入れるかどうかの超難関校だったので、体操が強いと良いことがあるんだと確信しました。

Q5.トップアスリートになるために必要なことを教えてください。

A5.オリンピックのメダリストになるためには?とご質問を置き換えてお答えしたいと思います。運、実力、素質、環境、指導者、親の協力など様々な条件が積み重なって初めてメダルという栄光が待っているのだと思います。
先ず運が必要です。オリンピックは4年に1回しかないので、オリンピックを迎える年は生まれた時に決まります。私の場合は高校3年と、大学4年でした。つまり、どちらも学校の最終学年だったのです。もしこれが1年ずれていたらオリンピックでメダルは取れていないかもしれません。特に大学の体育会運動部における1年生は、雑務が山のようにあって練習どころではないですから。一方、最終学年は天国なのです(笑)。また、試合の際の試技の順番も重要です。1番は基準点になってしまうので高得点が出づらく、順番が後ろに行くほど有利です。私は不思議に最後の順番での試技が多かったのです。
実力は努力の積み重ねでしかつきません。私は足腰を鍛えるために、自宅があった11階のマンションまでエレベーターを使ったことはありませんでした。また、朝が弱かったお蔭で、足腰が鍛えられました。とにかくぎりぎりに起きて、遅刻しないために必死で学校に向かうのです。自宅から駅までの自転車のスピードと駅から学校までのダッシュのスピードは半端ではありませんでした(笑)。6年間毎日ですから相当足腰が鍛えられ、瞬発力が着いたと思っています。
素質でいえば、体操という競技が性格的に合っていたと思います。小さい頃から目立ちたがり屋で、人に観られるのが好きな性格でした。体操の試合でも観衆が多い方が燃えられるタイプでした。また、体操は一発勝負なので、緊張感との付き合い方が勝敗を分けます。試合は平常心でやれるわけがないので、緊張感を操り、味方にできる選手が勝つのです。

Q6.緊張感をコントロールする術を教えてください。

A6.最も自分の力を発揮できるポジションを客観的に把握できていました。緊張の度合いが高過ぎても低すぎても良い結果は生まれません。体操の場合緊張し過ぎると体の抑えが利かなくなります。演技の中での節目が決まらないのは致命傷ですから、緊張の度合いを下げる操作が必要になります。私の場合は声を出すという単純な行為でコントロールができました。溜まったものを発散するイメージでしょうか。緊張していると感じた時は、仲間の応援を兼ねて大きな声を出したり、ウォーミングアップの際に声を出したりしていました。また、緊張すると身体の柔軟性が失われ硬くなるので、ウォーミングアップを兼ねて体を解すためのエクササイズをしていました。やり方は人それぞれだと思いますので、自分に合った方法を試合の中で試行錯誤をしながら見つけることですね。

体操を通してスポーツの基礎をつくる

Q7.他のスポーツにはない体操の醍醐味を教えてください。

A7.体操は誰もができる種目ではありません。ボールは誰でも投げられるし、シュートは誰でも打てますが、バク転はできない。体操は普通の身体ではできないスポーツなのです。難しい技を成功させるためには相応の筋肉や柔軟性が必要ですし、努力の積み重ねが欠かせません。その代り難易度の高い技が完成した時には大きな喜びと達成感が待っています。

Q8.体操を始める適齢期はありますか?

A7.競技者を目指すのであれば幼稚園から小学校低学年までに始めないと厳しいですね。技能の習得という点だけでなく、身体の成長にも関わる問題なのです。体操のエリートに身長の高い選手はいません。大きければ大きいほど身体を制御するのが難しいからです。かといって、小さい人が体操選手になる訳ではなくて、幼いころから身体をつくっていくので、身長が伸びなくなるのです。私も身長は166cmしかありません。公称は170cmになっていますが(笑)。父が大きいので、遺伝子的には180cmくらいになってもおかしくないのですが、大きくならなかったのは厳しい練習のお蔭です。骨を折っても次の日からトレーニングしていた位ですから。成長期に大きな怪我をして長期間練習ができなかったために身長が伸びてしまい、体操選手として大成しなかった子が実際にいました。

競技者を目指さない子でも、幼い頃に体操を経験することをお勧めします。私は生まれてきた子どもは全員水泳と体操をやるべきだと考えているんです。水泳は身体への負荷が少ないから赤ちゃんでもできますし、体操は歩行ができるようになれば始められます。ともに全身運動なので、身体の基礎づくりに最適なのです。特に体操は身体の使い方を習得できるので様々なスポーツに応用できるというメリットがあります。

インタビューを終えて

池谷さんのインタビューは「日本でのスポーツの地位をもっと上げていきたい」という熱い思いをお聞きすることから始まりました。欧米ではアスリートの社会的地位が日本に比べ各段に高いそうです。また、子どもの教育に対しても並々ならぬ熱意を感じました。国政選挙に挑まれたのも子どもの未来を憂いてのことだったそうです。IGC池谷幸雄体操倶楽部の全国展開への着手は、「多くの子どもたちの心と身体づくりに貢献したい」という夢の実現への第一歩なのかもしれません。
スポーツの下地をつくるという視点において、多くの子どもたちが、適切な指導の下で体操を習えるのは理想だと思います。しかし、体操は指導が難しいため学校体育の中で敬遠される傾向にあるそうです。やはり子どものスポーツにとって民間や地域の力が欠かせなくなっています。(2011.6.3)

※IGC池谷幸雄体操倶楽部のレポートも併せてご覧ください。

NPO法人SKiP理事長 新井茂


特集&コラム一覧

2012.01.09
教え過ぎず、型にはめず、子どもの考えを引き出す
グランセナFC会長/株式会社トップカルチャー代表取締役社長 清水秀雄さん
2011.11.21
理不尽に耐えることで人は大きく成長する
プロ野球解説者 牛島和彦さん
2011.09.25
人に勝つよりも自分に勝つことが快感だった
アテネオリンピック競泳自由形金メダリスト 柴田 亜衣さん
2011.08.26
飯田覚士ボクシング塾「ボックスファイ」
ピックアップレポート Vol.2
2011.08.26
スポーツを始める適齢期は人それぞれであっていい
ボクシング/元WBA世界スーパーフライ級チャンピオン 飯田覚士さん
2011.07.19
IGC池谷幸雄体操倶楽部
ピックアップレポート Vol.1

もっと読む